既製服への道、イージーの受注採寸データーの活用

 イージーの受注採寸データーは新しい既製服のサイズデーター収集の基本となった。
日本人の体型のに合ったレギュラーサイズの開発と大きいサイズや小さいサイズ体系の確立こそ、日本の新しい既製服の根幹となると確信していた。
その対応のために1958年、イージーオーダーの発売以来大量に販売してきたイージーの採寸データー(肩幅、背幅、袖丈、身頃、バスト、ウエスト、ヒップ)を集計と分類を始めた。そのデーターは1958年までに14万例も達した。その膨大なデーターを同じ年に事務合理化のために購入した穿孔カード方式のレミントンランド統計会計機を使用してサイズの分類を行った。
 さらに御茶ノ水大学や文化服装学院の協力を得て分析に一層の正確さを期した。これらのデーターを分析して日本人女性の各平均サイズを割り出し、サイズごとの標準サイズを割り出し、サイズごとの標準パターン化を進めた。その結果、33年秋ごろまでには婦人スーツのオリジナルサイズが完成した。
 具体的サイズ開発には人体の採寸データーを収集した後に、既製服の工業用パターン(型紙をつくり)を作成する技術者が不足していることが問題となった。また、既製服メーカー各社ごとにサイズが異なっている重大な障害もあった。

イージーから既製服化へ活躍したデザイナーたち 既製服の時代に向けて大きな役割を果たしたのは日本のデザイナー達でもあった。1953年、民放TVが本放送を開始以来、伊勢丹は東京放送、フジテレビ、日本テレビで番組提供をしてきた、特に深くかかわるようになったのは日本テレビのファッション番組「僕と私のファッション」であった。
 伊勢丹OBインタービューで次のような話を聞いた。伊勢丹は毎週月曜日の昼0時15分~40分「僕と私のファッション」を提供していた。伊勢丹の担当者は当日午前中にデザイナーの作品をテレビ局へ届けていた。作品の上がりは毎日朝ぎりぎりで毎回汗だくでスタジオへ届けたと語っていた。

                                 島田 茂

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